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「赤ちゃんは自分で誕生日を選んでくる」科学

昨日の出産予定日・結婚記念日に夫と食べたフルーツパフェ。
全国各地の高級フルーツを使っているらしく、出された時に説明を受けたが食べる時には全部忘れるという……。

それこそまだ絵本を大人に読んでもらっていたくらいの頃の私は「桃からパッカーンと生まれた桃太郎」の描写を見て、

「人間のお腹には『パッカーン』となる機能があって、赤ちゃんもお母さんのお腹をパッカーンして生まれてくるもの」

と思っていたが、その後何かの時代劇で切腹シーンを見て混乱した。

40週1日目今日の検診で近いうちに陣痛促進剤を使うことが決まった。

私が通っている産院の方針なのか、陣痛促進剤を打っても2日以内に経膣分娩ができなかった場合帝王切開をすることになる。

そのため今日の検診では事前の検診や入院日、最終的な帝王切開の日程が決まり、遅くとも今月の24日には私は出産を終えているということが決まった。

陣痛なり破水なりで始まる普通のお産はもちろんイメージしていた。

子供の頃に「パッカーン」をイメージしていたからか帝王切開も想像はできる。

しかし陣痛も破水もないのに陣痛促進剤を使うということは全く予想していなかった。

もっと言うと私も、

「赤ちゃんは生まれる日を選んでこっちにくるもの」

と思っていたため、出産がこうもスケジュールを組んだ上で進められることに驚きが隠せない。

「本来誕生日とは赤ちゃんが自分で選ぶものなのに、科学の力で決めていいのだろうか」

元々SF小説が好きだからか時に直面するとこういうことを考えてしまう。

ただ、私は日頃からどんなに生命倫理について議論したところで答えは出ず、所詮人間は人間の枠を超えられないのだから実はそうした議論は無意味なのではないかと思っている人間だ。

むしろこの答えが出た時には人類は滅亡するのではないかとすら思う。

科学と宇宙の神秘は『西遊記』の孫悟空とお釈迦様の手のひらのような関係なのかもしれない。

どんなに人間が足掻いたところで人間は人間の枠から出ることはできない。

そのためスケジュールを組んだ上で出産するというのは、こっちが「スケジュールを組んで産んだ」と思っているだけで赤ちゃんはやはり「自分で誕生日を選んできた」のかもしれない……とも思う。


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