
「大人になったら……」
子供の頃はその先にいろいろな話が続けられたのに、小学校、中学校、高校と進むにつれて少しずつ、私も他の人の顔色を伺いながらその話をするようになりました。
それでも今は、夫と二人の娘に囲まれる生活を土台に、子供の頃に思い描いた夢を叶えながら生きています。
子供の頃の夢

子供の頃の私は親や先生など、周りの大人から、
「大人になったら何になりたい?」
と聞かれた時、その時々によって少しずつ変化はあるものの、私はその問いに、
「モデル」
「ミスユニバース」
「小説家」
と答えていました。
一見すると共通点など全くなさそうなこの3つ。
実際子供の頃の私も「小説家」だけは多少仕事内容をイメージできていたかもしれないけれど、ただなんとなく、それらに付随する漠然とキラキラしたイメージだけで答えていたのだと思います。
「なりたいもの」から「なれるもの」へ

そうして勉強やら部活やらに追われる中で、私は次第に、
大人になるとは自分で生計を立てること。
その上で、何をするかを選ばなければ。
と考えるようになりました。
モデルも小説家も、それだけで食っていくのは難しい職業。
ミスユニバースについては、仮になったとしても次の年には新しい人にその座を取って代わられる。
そんな現実的なことばかりを考慮していれば当然「なりたいもの」ではなく「なれるもの」を考えるようになります。
その場しのぎの「なれるもの」の罠

しかし大学を卒業して、一度新卒で会社員を経験して気づいたことがあります。
例えその場しのぎで手頃な「なれるもの」で妥協したとしても、きりがないということに。
そして、そうした選択の結果、自分が全く幸せになっていないということに。
そのことに気づいた私は、改めて子供の頃の夢、モデル・ミスユニバース・小説家の3つを見直しました。
すると、子供の頃は漠然としたイメージしかなく、それぞれがバラバラの点でしかなかったそれらの職業・役割が、一本の筋の通ったものとして改めて浮かび上がってきたのです。
私はただ、自分が好きなタイミングでキラキラしたり、のんびりゆったりしたかったわけではない。
ただ筆のみではなく、自分の持つ全てを以って、思想を体現する人になりたいのだと。
こうして子供の頃の夢を見直すことができたのは、当時20代なりの知識や経験があったからこそです。
子供の頃の夢を大人の視点で分解する

子供の頃に漠然としたイメージのみで語っていた「夢」は、つまるところ
- お金
- 権威
- 社会からの承認
- 具体的な活動内容
が渾然一体となったものでした。
キラキラはしているものの、具体的な活動は全く見えてきません。
だから自分軸が整っていないままでは、周りの意見に振り回され、最終的に手頃な「なれるもの」での妥協に落ち着いてしまう。
でも、一度その漠然ときらきらしたイメージを分解してみると、それぞれを得る方法は身近にたくさんある上に、それらが決してなんの脈略もないイメージではなかったことに気づきます。
労働と夢のシンプルな関係

こうして子供の頃の夢を分解すると、労働や日々の生活は夢を諦めさせるものではなく、夢を叶えるための土台であることが見えてきます。
夢を叶えるためには苦労をしなければならない。
大きなリスクを取らなければならない。
そんなことは本来ありえないのです。
日々の労働と生活をどのように組み立てるか。
その視点に立ちさえすれば、「なりたいもの」に簡単になれます。
あなたの夢はなんですか?

お金が欲しい、たくさんの人から注目されたい、それも、自分が好きなことを通して。
知識も経験もなければ、それを実践している姿は漠然とした自分勝手なイメージにしかなりません。
でも、今日まで生きてくる中で身につけてきた知識や経験を通してその夢を分解し、培ってきたあらゆるスキルを駆使すればその夢は実現できます。
そして、そうした夢は自分だけでなく、周囲や社会をも幸せにすることでしょう。
改めて、あなたの夢はなんですか?
お金・権威、承認欲求、そして自分が好きで没頭できる何かを分解し、その夢を叶えていきましょう。


