
昔読んだ経営学の本に、
「成功にしろ失敗にしろ何かしらの結果が出た際、その結果について論理的に説明できるのは全体の20%しかなくあと80%は努力や能力では説明がつかない」
と書かれているのを読んだことがある。
会社経営と人生は似たものであるため同じことは人生にも言えるのだと思う。
人事を尽くして天命を待つとは、
「20%は自分でなんとかしてあとの80%は流れに任せましょう」
という意味なのかもしれない。
私が大学生の頃は就活の際に留学経験をアピールするのが流行で、留学資金を稼ぐために一生懸命バイトをする人は私の身の回りにも少なくなかった。
一方私は中国に留学したが留学費用は親や祖母が出してくれたため「自分で努力して稼いだ」というわけではなかった。
結局それが負い目となり、私は就活の際にその経験を活かすことを自分に禁じた。
女の子は中学生にもなれば、
「若い頃の顔は親からもらったもの」
ということを意識し始める。
私自身も耳にタコができるほどこの言葉を聞いたことがあり、ミスコンに挑戦していた頃やモデルとして活動を始めた頃には他人からも知人からも何度も言われた。
容姿に関して私は何も努力をしていない。
ミスコンの後、私がモデル活動の他に執筆活動に力を注いだのはこうした負い目があったからでもある。
しかし元々私が中国史が大好きであることを知っている両親に、
「『経営学部卒の中国留学経験あり』ってこれからの社会で重宝される人材じゃない?」
と説得したのは他でもない私だ。
ミスコンをきっかけに自分の可能性をもっと信じて挑戦してみようと思い、恨み倒した上で会社を辞め、この道に入ることを決意し、実際に行動したのも他でもない私だ。
私は運がいい人間だったとは思う。
そして運は私の出してきた結果の80%を占めるのかもしれない。
それでもやはり私はいつも決して運のよさに甘んじていたわけではなかった。
そんな私が、
「全ては運で私は何もしていなかった」
と言い、出た結果を受け入れられないのはさすがに卑屈すぎる。
出産を終えた今は温かく穏やかな日々を過ごしているが、もはや悪い癖なのか時々ふと目が覚めたように不安になる。
もし私が不安に負け、この生活から逃げ出した場合、5年後の36歳の私はきっと言う。
「もっと自分の努力と能力に自信を持って、自分の今の喜びに酔えばいいのに」
だから後悔しないよう、今は精一杯この生活を満喫することにする。
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