男だろうと女だろうと、
「なんで俺が」
「なんで私が」
という感情は抱くものではあるため、職場全体の問題は職場での男女差別の問題の解決によって解決されていくものなのかもしれない。
しかし男の「なんで俺が」はプライドやら見栄やら生活の不安やらのために表にあがりにくいのに対し、女の「なんで私が」は比較的表に出やすいもので、男ほどプライドや見栄による縛りのない女の「なんで私が」は、時に「うるせぇババァ」と言われる類のものではある。
だから女の「なんで私が」が両者の「なんで自分が」に共鳴するものであればあるほど職場の問題を解決する動きに変わっていくのだろう。
『〈サラリーマン〉の文化史 あるいは「家族」と「安定」の近現代史』鈴木貴宇

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