大金というのは得たところで使うのも難しいものなのだと、企業などでの現金横領事件で容疑者の自宅から大量の札束が見つかったといった話を聞くとつくづく思う。
同じ札束であってもただの「現金」と「資産」とでは意味が異なる。
『レ・ミゼラブル』の主人公ジャン・ヴァルジャンは二度目の脱獄後、市長時代に稼いだ現金を切り崩しながらコゼットを養育するわけだが、自分の目の前にある札束の山を「多額の資産」としてではなく「多額の現金」としてしか使うことができないのであれば、それで実現できる生活はやはりジャン・ヴァルジャンの逃避行のような生活なのかもしれない。




