5月も半ばを過ぎ、娘の幼稚園生活が始まってから2ヶ月弱が経とうとする頃、保護者向けの今年度の園の方針についての説明会が開催された。
子どもを教室に預けたあと、保護者たちは説明会会場となっている体育室の椅子に座り、会が始まるのを待つ。
こうして自分と共通するものが明らかにある誰かが隣にいる状況に置かれれば、何かしらの会話が始まるのは自然なことだが、それでもその日の私はなかなか隣のお母さんに話しかけることができなかった。
隣に座っていた彼女はベトナム人だった。
もちろん私は彼女から何か話しかけてはいけない危険な印象を感じたわけではない。
(何を話しかけたらいいんだろう。……そもそも日本語で話しかけてもいいのかな?……ここは日本の幼稚園だし、ある程度は日本語が通じるとは思うけど、それでもどれくらい話せるんだろう……)
相手が外国人となるとどうしてもそんなことを考えてしまい、話しかけるのを躊躇ってしまう。
「……お子さんかわいいですね」
「ありがとうございます。……あなたは何ヶ月ですか?」
「7ヶ月です。8月下旬に生まれます」
彼女が抱っこしていた赤ちゃんと、私の大きくなったお腹をダシに、私たちはなんとか会話を始める。
日本に来て5年という彼女の日本語はたどたどしいところはあるものの、半年間語学留学した経験のある私の中国語よりもずっと流暢だった。
それでも読み書きはまだおぼつかないところがあるらしく、彼女はこの機会にと幼稚園で使うアプリの使い方についていくつか私に尋ねてきた。
「私ほとんど他の人と話せなかったから、あなたに聞けてよかった」
留学と定住は似て非なるもの。
私の異国生活経験など、彼女の置かれた状況とは比べものにならないほどお気軽なものだっただろう。
その後園長先生によるパワーポイントを使った説明会が始まったが、私はその内容よりも隣の彼女がこれをどの程度理解できているのかばかりが気になってしかたながなかった。
説明会が終わり、解散というタイミングで、彼女はおもむろに私に尋ねた。
「ところであなたは日本人?」
あまりにも今更な問いに私は若干面食らいながら「日本人です」と答える。
これまでの35年の人生の中で、私は何度も「ハーフ?」「日本人?」「外国人?」と尋ねられ、それこそ日本の駅を歩いている最中にいきなり外国語で話しかけられたことも何度もあった。
そして私が外国人に話しかける際には相手の人柄に対する印象ではなく、ただ相手が外国人という理由で話しかけることを躊躇ったのは今回に限った話ではない。
「もしかして、私もこれまでにそういう理由で話しかけるのを躊躇われたことがあるのか……?」
別の方向に帰っていく彼女の背中を見送りながら、35年の人生の中で考える機会は何度もあったにもかかわらず、一度も考えたことのないことを悶々と考え始めてしまった。




