
「私がいなくても大丈夫」
まるで自分の存在を否定するかのようなこの絶望感を私は10代、むしろそれ以前の幼い頃からなんとなく感じていた。
私のミスコンやそこからの努力を親しげな笑を浮かべながらも冷ややかな目で眺める人はたくさんいたが、以前は夫もその中の一人だった。
デートなどで一緒にいる時も私の活動に対して冷たい言葉を浴びせられることは何度もあった。
そして結婚して1年が経った頃、私の夫への怒りがついに頂点に達し、夫と激しい喧嘩をし、その喧嘩は一旦は落ち着いたものの私は度々夫への不信感が吹き出すのを抑えきれないことが2年ほど続いた。
一度失った信頼を回復させるのが難しいことを理解している夫は私が不信感を剥き出しにする度に一生懸命私に向き合ってはくれたが、それでも不信感と戦う私の姿はきっと夫を傷つけていたはずだ。
私たちは何度も向き合うことを繰り返し、その甲斐あってか今では私もあの頃の強い不信感もだいぶ薄れ、夫も私の夢や目標、仕事を尊重してくれる。
私たちの妊娠も、北海道移住計画も、それから先の夢や目標もこうして生まれたものだ。
出産予定日まで1週間となった今、二人でこれからの生活について話していると、
「私がいなくても大丈夫」
と思える。
夢や目標は互いにいい意味でこう思いあえるようになった時に共有されるものなのかもしれない。


