
中身ではなく、それを推すことで生まれるコミュニケーションやステータス感を求めてコンテンツを消費することを、私は悪いとは思わない。
ただ、
「それなりの時間をかけて味わってみたけどこれは駄作だった」
そういう感想を抱くことも楽しめるのが本当の娯楽であり趣味ではないだろうか。
手をつける前から「駄作ではないか」と疑って恐れ、自分の目で確かめることもできないのは、実は自分がそれに本当に求めているものは娯楽性ではなくステータス感や所属意識なのかもしれない。
あるいは極端な失敗への恐怖の表れか。
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