
「ライターになりたいんで、文章を上手に書くコツとか教えてもらえませんか?……私、『走れメロス』とか読むのが億劫なんですよね」
「ちょっと顔を洗って出直してこい」
……これは本当にあったことではないがこれに近い話をされることは時々ある。
正直太宰治の『走れメロス』を読むのが億劫などと言っている人間はライターを志してはいけないとさえ思う。
太宰治の『走れメロス』は、
「メロスは激怒した」
から始まり、その次には、
必ず、かの邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の王を除かなければならぬと決意した。
などと、キャッチーな一文の次には漢字が多い文章が続く。
たったこれだけで「難しい文章だ」と感じる人間は多いが、そう感じている人間がライターをするのは刃物を無駄に振り回すのと同じだ。
しかも私は中学生の頃の教科書に全文が載っていたのを覚えている。
さらに中学三年生の頃には夏休み明けに国語の教師に、
「中学三年生にもなって『走れメロス』で読書感想文を書くな」
と言われていた同級生も目にしたことがある。
太宰治は日本を代表する小説家であり『走れメロス』も名作ではあるが、同時にそのレベルの小説でもあるのだ。
書くレベルは読むレベルに比例する。
特にSEOに限らず全てのライターは一次情報を正確に読み取らなければならないのだから相応の読解力が求められる。
「読むのが億劫」は「内容が正確に読めない。誤読が多い」よりもさらに読解力の低さの表れであり、視野の狭さの表れだ。
『走れメロス』すらも読むのが億劫と言っているようなライターが今増えていると思うと私は恐ろしい。
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