例えばエレベーターに乗ろうとしている時、先に乗っていた人が自分のために「開く」ボタンを押して待っていてくれた場合、
「すみません」
と日本人は言う。
他にも贈り物をする時には、
「つまらないものですが」
とも言う。
「言葉には霊力が宿る。だからネガティブな言葉を使わない方がいい」
という言霊信仰的に、これらの日本独特な表現はNGとされる。
私も言霊というものを信じている人間の一人であるため、この考え方に程度賛同はするものの、それでも長年もやもやとした違和感を消し去ることができずにいた。
しかし最近新渡戸稲造の『武士道』の中で、
日本人はわざわざ自分自身や自分の行為を落とすようなことを言い、それは欧米人にとって理解ができないことかもしれないが、こうした日本人的な礼儀にも欧米人と同じく相手の人間としての価値を認め、尊重する姿勢がこめられている。
といったことが書かれているのを読んでその私の違和感はすっきりとした。
言霊は表面的な言葉そのものに宿るのではない。
その言葉の字面の意味ではなく、その言葉をを発した時の自身の心そのものが「言霊」なのだ。
言霊信仰を表面的にしか理解できないまま言葉の表面的な意味に囚われると結局相手だけでなく自分自身にも嘘をつくことになる。
そうした嘘こそが武士にとっての「恥」だ。
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「材料を鍋に入れて自動メニューでレシピを選択して『決定』ボタンを押すだけ!電気圧力鍋があれば猿でもできる!」
……というノリで作ったバナナケーキ。
卵白を泡立てたりと、意外と「材料を鍋に入れるだけ」ではなかった。

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