誰かからのおすすめがない場所
自分で選ばなければならないめんどくささが、図書館にはある。 …
有意義な暇つぶし
自分で選ばなければならないめんどくささが、図書館にはある。 …
「自分は今生きている」という感覚を一人で静かにじっくりと味わう時間のことを、私は「有意義な暇つぶし」と呼ぶ。 …
自分にとっての「正解のようなもの」の価値を知り、古典から得られた感動や喜びをまずは一人で消化できるようになると、一気に古典を楽しめるようになる。 …
現代語訳されたものであっても原文に近いものをを読むのと、「名言集」としてまとめられたものを読むのとでは具体的になにが違うのだろうかということを考えることはある。 …
生かされている人ではなく、生きている人を描きたい。 …
私は書籍そのものを所有することに対し、そのような欲はないほうではある。 …
そう思ってしまうのは決して軽蔑しているからではなく、そもそも私が名作文学とやらにそこまで何かを求めているわけではないからだ。 …
人生は自分の思い描いた脚本通りになることはないにしても「文章が書ける美女」である私は自分の経験を脚本のように書くことができる。
そうして書いた脚本は、私が他人の脚本を真似てきたようにきっと他の誰かの役に立つ。 …
自分の個人的な思い出の一つとして出会い、読む本。 …
読書とは「あるものを見ている人を観察する」行為であって、「あるものを見ている人の隣に立てるかどうか」は必ずしも重要ではない。
あるものを見ている人を観察ことで、自分が普段その人とは反対側からそれを見ていることに気づくこともまた、価値がある。 …