あちこちの飲食店で、
「お母さん大変ね。ゆっくりしていってください」
と労われると、どこまで甘えていいものかと考えてしまうことは多い。
しかし、それを忌避することは、私が息抜きする場所を一つ失うだけで済む話ではないと思う。
確かにそうしたやりとりの中では互いの関係性が曖昧になり、その曖昧さに戸惑ってしまうことはある。
けれどもその曖昧さを引き受ける勇気は、心や経済的な豊かさをもたらすのではないだろうか。
あくまでもそこは店の中であり、店員と客という関係性は明確なのだ。
そういった場ほど、比較的簡単に曖昧さを楽しめる。
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