私が「推しのライブに行きたい」までは理解できたとしても、「推しと握手」という距離感を願う感覚については今ひとつ理解できないのは、推し活をしている人たちに対して、
「身の程を知れ。分を弁えろ」
と思っているからというわけでは決してない。
そもそも私はトルストイや太宰治など、価値観のずれや社会的身分の違いなどではなく、
「相手がすでにこの世にいないから」
という理由で決して友達になることのできない人間から影響を受けることに慣れてしまっているところがある。
だから今生きていようと死んでいようと、全ての「推し」は私にとってある意味天上人なのだ。




