
産後は私も深夜であっても3時間ごとに起きて娘に授乳している。
そして時間通りに授乳ができるよう寝る前にはスマホでアラームもセットする。
しかし慣れない生活に疲れが溜まっているのか、昨日の夜はアラームが鳴っていることに気づかず授乳の間隔が空いてしまった。
「なんで起きられなかったんだろう。ごめんね……」
元々スケジュール管理や時間管理を徹底するタイプであり、だからこそ今の仕事ができている面もあるため私には「時間や期日を守ることは信頼関係を築く上で非常に重要」という価値観が恐らく人よりも強い。
そんな私は慌てて目を覚ましたあとも娘におっぱいをやりながら自己嫌悪に陥ってしまう。
仕事などで早朝に起きなければならない時私はアラームを何重にもセットする。
だから3時間おきの授乳を徹底するためにアラームをいくつもセットしようかとも一瞬考えたが、ふと冷静になって考え直す。
「なんのために3時間おきに授乳をするのか?」
それはは赤ちゃんの心と体の健康を保つためのものだ。
逆に言えばそれが達成できないのであれば正確に3時間おきに授乳をしたところで意味はない。
私の「時間や期日を守るべき」という価値観は少なくともこの場合は通用しない。
「お母さんがピリピリしてしまうのは赤ちゃんにいい影響を与えない」
育児ではストレスを溜めない工夫も必要になってくる。
必ず起きるために何重にもセットされたアラームは私が「ピリピリしてる」ことを象徴し、それこそが娘に悪影響を与えてしまう恐れもある。
私と夫と娘の3人の目的は3人で幸せな家庭を築き、そこを基盤に各々が自分の幸せを実現すること。
3時間おきの授乳は目的ではなくそのための手段だ。
もちろんこうした論が自分勝手に振る舞うために都合よく使われることがあることは私も承知の上だ。
今回の場合では娘からしたら「お母さんは結局自分のミスを正当化しようとしてるだけ」と取られるものなのかもしれない。
(所詮ネット上でしか私たちのことを見ていない他人にとやかく言われる筋合いはないとは思っているが)
そう覚悟をした上で私は改めて3時間おきの授乳の目的を考えるとつくづく手段を目的化させることは気楽なものだと思い始める。
手段を目的化してしまえば自分を都合よく正当化することが簡単になるだけでなく、「ダメな自分」「かわいそうな自分」に酔うことも可能にする。
そしてこういう弱く、余裕もなく、器の小さな人間ほど人とのコミュニケーションで自分に都合よく「幅広い視野」でものを語ろうとするものでもある。
ダメでかわいそうな自分に酔った結果相手を無視した上で「幅広い視野」を語り自分を正当化しようとするのだから手段を目的化させるような弱くて器の小さな人間は本当に手に負えない。
時間通りに授乳ができなかったことを理由にいちいち自己嫌悪に陥っている場合ではない。
私の力と余裕と器の大きさが今は試されている。
起床時間になり朝イチの授乳をすると自己嫌悪のためなのか、その時の授乳ではあまりおっぱいが出なかった。
授乳を終え、自分のことを多少した後私は次の授乳まで横になることにした。
「お母さん、ただ目的『ダメでかわいそうな自分』に酔ってるだけだったね」
横になったことでうまく力が抜けたのか、景気よく出るおっぱいに吸い付いている娘を見ながら先ほどまで自己嫌悪に陥っていた自分を振り返る。
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