「努力」の解像度
そもそも努力とは目的ありきでするものではあるものの、その目的をどれだけ明確にできるかは自分次第であり、さらに他人と共有できるかは相手によるところもある。 …
有意義な暇つぶし
そもそも努力とは目的ありきでするものではあるものの、その目的をどれだけ明確にできるかは自分次第であり、さらに他人と共有できるかは相手によるところもある。 …
未だ至らないもどかしさを楽しみつつも、それでも手が届いた時には相応の喜びがあるものだからやめられない。 …
私にとって一番大事なのは自分に対して立てられた指の本数であって、その指が親指か中指かなどはどうでもいいこと。
そして一番問題なのは指を立てられないこと。 …
そもそも暇だから自分自身について考えるのだが、そうした時間は大切なものでもある。
だから私は忙しく過ぎていく日々の中で何気なくスマホでコンテンツを消費しながらほんの一瞬立ち止まり、自分自身について考えるための時間のことを「有意義な暇つぶし」と名付けた。 …
先日うっかり夜の11時に画像関連の処理を始めてしまった時のこと。 …
ある程度の年齢までならば、そうして自分自身の個性を見出そうと試みるのはいいことだ。 …
育児以外の喜びも一緒に喜んでくれる人の存在が、世俗から離れた勤行のような日々の中の慰めとなる。 …
仕事で嬉しかったことを一緒に喜んでくれる人がいる安心感。 …
慣れることでしか克服できない恐怖から逃げることを臆病と呼び、立ち向かうことを勇敢と呼ぶ。 …
私はきっと、10年後も50年後も「頭ではどうでもいいこととわかっちゃいるんだけど考えずにいられない不安」によるストレスで苦しむことがあるのだと思う。
ただし、50年後に「立ったまま靴下を履こうとして転んで頭を打って死ぬ」ことはあるかもしれないが、そうした不安によるストレスが原因で死ぬことはないのだと思うともやもやしていることが余計馬鹿馬鹿しくなる。 …