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「たまたま手に取っただけ」なのか、「何かに導かれた」のか

友人のカフェパーティーでいただいたさつまいもスイーツ。

数年前まで私は潜在意識などのスピリチュアル系の本を手を替え品を替えるかのように読み漁っていたが、今は読むことをやめた。

だからといってあの手の本に嘘が書いてあるとも思っていない。

私が見ている現実は私の潜在意識そのもの。
自分の価値観に従い、響いたものだけを私は知覚している。

それは本当のことだと私も思う。

今年2022年の3月に読み始めたトルストイの『戦争と平和』。

読み始めた動機こそは、

「ウクライナのことが気になる。ロシア文学の巨匠トルストイの『戦争と平和』を読んで戦争と平和について考えてみよう」

だったが、実際には「戦争と平和を通して真の平和・幸福について考える」的な描写はほとんどなく、今は、

「タイトル詐欺が!」

と叫び、自分の遅読っぷりを嘆きながらこつこつ読み進めている。

我ながらあの時の決意が頭がいいのか悪いのかよく分からない。

それでも今、登場人物のアンドレイ公爵に自分をぴったりと重ねながら読まずにいられない。

1/3読み終えたところで彼が31歳で自分とかなり歳が近いということも知った。

たまたま手に取った本でしかない。

しかも動機が頭がいいのか馬鹿なのかよく分からない。

それでももしかしたら、私は何かに導かれてこの本を手に取ったのかもしれない。

「物語の中での彼の結末が、自分の吉凶を表しているのではないか……」

そんなことを考えずにいられない。


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