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静かな実感

上の娘の通う幼稚園の園庭で「オリエちゃんママ」として振る舞い、周りからもそのように扱われる時、私は静かに「私は今、私らしく生きている」という実感を噛み締める。

SNSやいつも使っているコワーキングスペース、交流会など、「小説家」という肩書きを使う場で小説家として振る舞い、周りからもそのように扱われる時もまた、私は静かに「私は今、私らしく生きている」という実感を噛み締める。

逆にもし、園庭で「文章が書ける美女として小説家をしている人」として、あるいはSNSなどで「ママ」として扱われることがあれば、私はその不快な違和感に苦しむことになる。

「私は今、私らしく生きている」という実感は燦然と輝く光を全身に浴びるかのような刺激的なものではなく、また、一人で味わえるものでもない。

まずは私がそのように振る舞い、その上でそのように扱う他者がいて初めて、静かな実感として全身を満たす。